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考えたのか降ってきたのか

 

みなさん,こんにちは。

 

前回の思考を追いかけないというブログに,「思考は有って無い」ようなものだと書きました。私たちは,通常,考えや思いは自分のものだと認識しています。しかし,よくよく考えてみると,考えや思いは,自分が意図して考えていないものが多くあります。

 

そして,その意図せず浮かんできたものに,私たちが同化することで,その思いはどんどん進展していきます。ですので,否定的な思考によって,自身で嫌な思いをするのであれば,私たちがその思考と同化せずに,ただその思いを認めてあげましょうと,前回のブログには書きました。

 

では,俗に言う「ひらめき」なんかはどうでしょうか。ひらめきの意味を検索すると,その一つに「素晴らしい考えが瞬間的に浮かぶこと」とあります。俗に,いいアイデアが「降ってきた」なんて表現する事がありますが,「ひらめき」も自分が「考えた」のではなく,自分以外ところから「降ってきた」ということにならないでしょうか。

 

そうすると,ひらめいたアイデアは,私たち自らの手柄ではなく,与えられたものになりますよね。また,そのアイデアを活かして利益を得ているとすれば,その利益も本来的にはどこまでが自分のものとしていいのかなんて思ってしまいます。

 

何かいいアイデアが浮かんだ際に,「私がいいアイデアを考えたんだ!」と認識した時は,その思考と私たちは同化していて,「なんだかいいアイデアが降ってきた」と認識した時は,その思考と私たちとの距離は少し開いている状態かもしれませんね。

 

否定的で気持ちのよくない思考ほど,どこかから「降ってきた」と捉えられれば,その思いがどんどん進展することはないでしょうけども…。しかし,私たちは,否定的な思考ほどそれと同化して,それそのものが「私」ということになってしまいがちです。

 

話が逸れてしまいましたが,ひらめいたアイデアは「降ってきた」と捉え,そこから得た利益があれば,自分が一旦預かっていると考えてみるのも面白いかもしれませんね。そうすると,必要以上に得た利益を無駄遣いしなくなって,自分以外にも還元しないとという気持ちにもなってきます。

 

逆に,自分が得ている利益が少ないと思っていたとしても,今は,利益を自分以外のところへ預けていると考えてみる。もしそうだとすると,その利益は,いずれ流れ出し,回り巡って,いつかは自分のもとにも巡ってくるなんて思えてきませんか。それでは少しのんきすぎるでしょうかね 笑

 

でも,そんな心持ちでいると,あれこれ考えずに,とりあえず目の前にある必要なことを,支障がないようにやっていってみようかな,なんて思いにもなります。肩の力が抜け,無理もなくていい感じじゃないすか。

 

もしかすると,そうした心持ちで自然体で過ごしていた方が,よい風を受ているヨットのように,他の方々の協力という風に背中を押されて,その人の周辺が繁栄していったりするのかもしれませんね。

 

ひらめきやアイデアも思いや感情と同じく,私たちが意図してない中で浮かんでくるものです。「私の考えや思いだ」とギュッと掴まずに,時には「どこからか降ってきた」と捉えるくらいが有意義ではないでしょうか。社会生活を送る上で,現実的にそう捉えてばかりはいれないでしょうけどね…。

 

そして,「どこからか降ってきた」というひらめきや思いには,私たちに何かを気づかせてくれるメッセージが含まれている,と捉えてみるのも面白いかもしれませんよ。

 

最後までブログを読んでいただき,どうもありがとうございます。

 

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