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良いのか悪いのか

 

みなさん,こんにちは。

 

みなさんは,世の中の情報をどのように得ていますか? 昨今は,何か出来事が起きれば,SNSやネットニュースで即座にその事が流れます。以前は主流であった新聞やテレビではなく,パソコンやスマホから情報を得ている方は少なくないのではないでしょうか。私もその中の一人です。

 

ネットニュースには,それに対する肯定的や否定的なコメントがたくさん書き込まれていますね。そして,そのコメントについても,他の人からポジティブもしくはネガティブな評価がされています。はたして,出来事やそのコメントに対する良し悪しってどこで決まるのでしょうか。

 

すべては自分の中にというブログに書いた「平日の朝の雨」という出来事だとどうでしょうか。良いにせよ悪いにせよ,さすがに空に向かって感情をぶつけることはできませんよね。では,雨という出来事に対する良し悪しの判断はどこから生まれてきているでしょう。徒歩で通勤する人でしたら否定的に捉え,日照り続きの農家さんだったら肯定的に捉えるだろうということでした。

 

ということは,出来事に対しての良し悪しは,その人の立場によって変わってくるということになりますね。雨に濡れない自動車通勤の人だったら,「今日は雨ね,はいはい」くらいで特に良し悪しという感情は生じないかもしれません。

 

そして,良し悪しは時代によっても異なるようです。例えば,私が若い頃は,男性が肌のケアをするなんてなかったように思います。もし実際に化粧水なんか顔に塗っていたら「男がなにやってるの?」と突っ込まれたかもしれません。しかし,今はどうでしょうか。男性の美容は当たり前のようになっていますし,性自体も多様化していますよね。

 

私たちの立場自体も長い目で見ると変わっていきます。就職して新人で雇われていた人でも,時を経て役職となり管理する立場に変わるということもありますよね。そうすると,社内の事に対する判断も変わってきます。そう捉えてみると,いつでも誰にとっても絶対的に「良い」,「悪い」というものはないのかもしれません。

 

また,「良い」と「悪い」の分かれ目はいったいどこにあるのでしょうか。ここから良くてここから悪いという境界なんてありませんね。理屈にはなりますが,「良い」事だけが起こっていれば,それは「良いこと」ではなく「普通のこと」になり,その「普通のこと」の中でまた「良い」「悪い」が判断されていきます。物心ついた時から一流シェフの料理を食べ続けていたら,その料理のクオリティーは良いものではなく普通となってしまいますから。

 

そのように,「悪い」があるから「良い」があるのであって,「良い」と「悪い」という概念は二つで一つなのですね。「良い」とされるものを裏返して反対からみれば「悪い」となります。平日の朝の雨に対して,徒歩通勤(裏)と日照り続きの農家(表)の立場だと捉え方が異なるように。

 

そして,これは「やさしい-厳しい」「配慮-無関心」「丁寧-雑」等など,出来事や物事に対する二つの対極する概念すべてに言えることです。それらは二つで一つのものです。ただ,そんなことを言っていると「良いも悪いもないないのなら,何をやってもいいんだ」となってしまいそうです。しかし,世の中にはルールがありますから,現実場面では私たち各々の立場より,判断を下し対処することも必要になってきます。

 

いずれにしても,私たちが良し悪しの判断をする時には,私という「個」の立場から判断しているかと思います。前回のどこまでが自分なの?というブログで,私たちは「個」ではなく,本質的にはすべてのものと繋がっている存在だと書きました。その視点で捉えると,どんな出来事もどこかで私たちに繋がっています。そうすると,まったくの人ごとではないですし,ネガティブな内容だとしても,何か私たちにできることが少なからずあるのかもしれません。

 

ネットニュースなどを読んで,その内容に感情がこみ上げることもあるかと思います。こんなことを書いている私も,ニュースを読んだ瞬間に「これはダメでしょー!」なんて批判し憤ったりすることがあります。でも,そもそもそんな感情が湧いてくるのも,その出来事も含め私たちが繋がった上で存在しているからですよね。

 

それに対して私たちがその場でできることは,ニュースに自身が振り回されることなく安らかな気持ちでいることではないでしょうか。ですので,私自身も,否定的な感情が湧いてきたとしても,それに気づき,その感情があること自体を認めてあげるようにしています。なぜなら,感情や思考も心臓の拍動と同じく,本来的な私たちが操作したものではなく,自動的に湧いてきたものですので,そこと同化せずに,感情が湧いてきたこと自体は認めてあげるのです。

 

そのようにして,自身が日々を穏やかな気持ちで過ごし,その上で,出来事に対してできそうなことがあれば,取り組んでいくことでよいのかもしれませんね。安らかな気持ちで取り組むことで,その穏やかさが私たちの繋がりの中で広がっていくかもしれません。

 

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